とある大雪の日の記
夜半に不意に音が止まった。
雨から雪に変わったのだ。
低気圧で眠れない目を擦り、外を見ればそこは雪景色だった。
幼い頃に雪国で過ごした私には雪は本当に面倒なもの、という認識である。
いつもの通勤用の電車がひどく遅れている事を知り、萎える心を引きずって、それでも家を出る。
参考リンク:
最初から、バスに乗車するのは諦めた。
地元は山である。
都心部より5cmは深く積もった雪の中を、駅まで歩く。
雪は雨に変わり、足元はひどい状態に。
途中、一台だけバスとすれ違った。
普段はこの時間なら2台はすれ違う。
やはり、バスはあまり動いていない様である。
雪の日に雨が振ると、人の通った足あとに水が溜まり、駅までの道にはひどい水溜りが出来ていた。
水溜りに辟易している私の背後からは、少女たちがはしゃぐ声が聞こえた。
母校の後輩達である。
その無邪気な笑い声に、いつの間にか私の憂鬱な気分は晴れた。
もうこうなったら、彼女たちの様に、この状況を楽しむのはどうだろうか。
そうすれば、混み合った電車も、殺伐とした通勤電車の人々の態度も、それ程気にしないでいられるだろう。
普段、25分で着く駅には結局40分かかって到着。
電車は遅れていた。
しかしここまでは想定内。
問題は京王線である。
倒木と架線損傷により、かなり遅れが出ているらしい。
大回りにして別の駅から普段と逆の路線で向かう事にする。
電車は混んでいた。
中には降りる時に前の乗客を突き飛ばす、心ない会社員もいた。
だが、それなりに秩序がある。
もう今日は仕方ないよね、という空気も漂う。
迂回した先の駅に降り立つと、臨時改札が出来ていた。
そこから降りるも、乗り換えの京王線のホームでは入場制限がかかっていて、長い行列が出来ていた。
並んでいた男性によると、1時間以上並んでも入れないという。
しばらく並んでいたら、女性が南武線のホームに入りたがっていた。
事情を説明する年配の女性。
初対面の人同士になんとなく絆が生まれる、一体感は、日本の良い所であろう。
女性は人混みをかき分け、南武線のホームに向かった。
京王線のホームに上がる列に並ぶも、動かない。
早々と列から離れて、少し暖を取ることにした。
普段は朝食を食べないが、この日は食べないと保たないと予測していたので、朝をしっかり食べて来た。
お陰で寒さもそれほど感じず、ひもじさ、辛さも少ない。
今日、体調が良くて本当に良かった。
途中で見かけたベビーカーに乗った乳児の姿に、何とも寒そうで胸が痛む。
駅から離れると年配の女性に声をかけられ、電車は動いているか、と聞かれる。
動いてはいるが京王線は入場規制がかかっている旨を伝えた。
女性はお礼の言葉を述べ、駅へ向かっていった。
近くの商業施設。
既に開店している飲食店は満杯だった。
皆、考える事は同じなのだ。
エスカレーターを登ると、吹き抜けの上に風を凌げる場所があり、そこで温かい飲み物を飲む。
私の他にもそこには雨と風から避難して来た人がいた。
お掃除の方が何人かいたが、追い出される様な事はなかった。
不思議な連帯感があった。
その象徴は、とあるおじさん達。
同じ会社に勤めているらしい二人は、まるで共犯者の様に「今日は仕方ない」と笑い合っていた。
駅で水溜りで何故かはしゃいでいた女子高生と同じだと思った。
こんな日に笑い合える関係性の二人組って、とっても素敵だ。
しばらく商業施設に留まり、駅に再び向かうと、警察の車両が入場規制を告げていた。
まだ、駄目らしい。
水浸しになった靴の代わりに長靴を買った。
そうして駅の方に戻ると、列は消えていて、無事にホームに辿り着いた。
電車が来て、なんとか乗ることが出来た。
普段乗らない路線なので詳しくは不明だが、いつもよりかなり混んでいるのではないかと思う。
すし詰めの電車は駅に辿り着き、ドアが開く。
女性が弾き出される様に降り、手から傘を落とした。
誰も拾わない。私は拾って、彼女に傘を渡した。
彼女はとても嬉しそうにお礼を言った。
笑顔はやっぱり素敵だ、この時も思った。
勤務先の最寄り駅に、3時間近く遅れてなんとか辿り着く。
辿り着いたら、皆、口々に大変だったね、と言ってくれ、昼休みにはわざわざ話しかけに来てくれた同僚もいた。
私はこの会社に入ってから色々と悩む事もあったが、暖かさを感じた。
確かに京王線の運行状況は最悪だったが、少なくとも私が体験した限りは、Twitterやニュースで言われているほど、殺伐とした部分ばかりではなかった。
特にオチはないが、自然災害に立ち向かう人間たちの健気さや強さを感じる事が出来、確かに大変な事もあったが、いい一日だったなあ、と思う。
まあ、また体験したいかと言われるとそれは勘弁、と思うので、京王線にはこれからは雪に強い電車に戻って欲しいところである。
ではまた。