ヨミコのデザイン工房

デザイナー&ブロガーのヨミコが、 WEB制作の事を書いたり書かなかったり。

雨宮まみさん

この方の記事はたまに読んでいた。

他人事ながら、なんて面倒くさい人だ、
でも分からんでもない、
この世はなんて生きづらいんだ、って読む度に思った。

たぶんきっと大多数の男性の方にはピンと来ないと思うんだけど、女は女であるだけで生きづらいのがこの、日本という国である。

私は、元々中学の時に男子からイジメられていたし、
高校1年生の時に同級生だった彼氏でもない男友達だった人から言われた一言がきっかけで、男性不信を極めた。

その後、彼はストーカーに発展し、私は高1にして、被ストーカー体験あり、というハードモードな人生を生きる事となる。

最もそれが恋愛をハードモードにしていることに気付いたのは最近なんだけど。

気付かせてくれた知人男性達には感謝している。

そもそも、私の家庭環境は最悪で、
祖父母も両親も日々罵り合っているのが日常だった。

もちろん、暴力を振るわれた訳ではないし、ネグレクトもされていないけれど、
自分で言うのもなんだけれど、
少々感受性が強く、
しかも感じ方が後ろ向きな私に、

家の中の夫婦二組、大人4人が、常に喧嘩している、という状況は

「両親は私がいらないから喧嘩ばかりしているに違いない」
「いつか捨てられてしまう」
「夫婦なんて、喧嘩してばかりで、うんざりだ」

という考え方を植え付けて行った。

結婚に憧れたことはなく、将来の夢は「お嫁さん」
だと屈託なくいう周りの女の子たちは、いつも異星人に見えた。

けれど、
アラサーを過ぎ、周りの友人たちが結婚して行って

いつも、世の中の理不尽にトゲトゲしていたあの子が

後に旦那となる、彼氏と付き合い出してから、とっても優しくなって

「愛が全てだよ!!」

とか言っちゃう様になって(性格の悪く僻みっぽい私は今は彼女を遠巻きにしているが)
なんだか、うちの祖父母や両親がちょっとおかしかっただけで、結婚も夫婦も悪くないのかもしれない、と思った。

そんな訳で相手を探し続けているけれども、
元々拗らせている上に、不器用な私には中々見つからなくて

そんな時に、偶然にも雨宮さんの文章を見つけた。

熱心な読者ではなかったが、拗らせながら頑張って生きている日々の文章を

「面倒くさいなこの人」
「年上なのに拗らせ過ぎ、しっかりして」

と、やや冷めた眼で見つめてきた。

けれど

今にして思うのは

そんな彼女の文章に、どこか

「私だけじゃないんだ」

というシンパシーを感じていたのだ、ということ。

ネット上でしか知らない人だけど

ご冥福なんて祈りたくない

あの世に行ってから、幸せになったって遅いからだ。

生きてて欲しかったとも言わない。

生き続ける方が何倍も辛いのだ、という事を私は知っている。

そして、彼女は充分生き切ったのだ。

でも、やっぱり哀しい。

ただ、哀しくてつらい。雨宮さんのことも、この気持ちも、忘れずにいたい。

そういう想いで、これを書きました。

ではまた。