清濁併せ呑むということについて考えた。【コミュ障克服シリーズ②】
こんばんは。Web&グラフィックデザイナーのヨミコです。
清濁併せ呑む、という諺がありますね。
この所、色々な人間関係の軋轢等から、私はそういうところが足らないのかな、と思いました。
多様性が認められない、それが私の欠点のひとつなのです。
頭がとても固いんですね。
他人と上手くやって行く事が苦手な私には、人の欠点を受け入れられるキャパが少ないのではないかな、と思いました。
欠点を受け入れるというのは、即ち、「清濁併せ呑む」という事です。
人には良いところと悪いところがあり、その両方を受け入れる度量の広さが「清濁併せ呑む」という事の様です。
今の私は思考停止している人を見ると、やきもきしてしまいます。
自分もかつてそういう人間だったし、自分にも思考停止している部分があるのでそう思うのだと思います。
問題となるのは、そういう人を無意識に見下してしまっているのではないか、という点です。
見下すのは良くないです。直さなくてはいけない所です。
人を見下したら、かつて私を下に見てマウンティングして来た困ったちゃん、と同じ事をする事になるからです。
人との関わり方がよく分からないなりに、組織の中、社会の中で生きて行かなくてはならないのです
から、私も清濁併せ呑む、という事について、もう少し考えなくてはな、と思いました。
そうして、多様性を受け入れる事が出来る様になれば、人の気持ちが分かる様になり、パっと目を引くデザインや、より依頼して下さった方に喜んで頂けるデザインが制作出来る様になるのではないでしょうか。
自分の器や間口を広げる事が、仕事にも良い影響を与える、という話はよく聞く話ですし。
その為に必要なのは、たくさんの人に会い、たくさんの人の価値観を見つめること、なのかもしれません。(これについてはもう少し詳しく書きたいと思います)
そう、最近よく思うんですけど、私には圧倒的に人生経験も社会人経験も足らないのですよ…!
フルタイムで働ける様になって5年、正社員歴3年なので、それはそうだよな、とも思うんですけど。
とにかく経験が足らないからよく分からない事が多過ぎる、それが他人に対してもやもやしてしまう原因なんだと思います。
私は特に、かつての自分と嫌な部分(やたら悲観的、被害者意識で何もしない、ウジウジしていて自信がない、ただ流されるままに人生を送り、その事に気付いていない)が重なる人に反感を持ちやすいので、少しずつ矯正して行きたいと思うのです。
今回のまとめ:人間関係改善には清濁併せ呑む事が肝心??
ではまた。
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